東京高等裁判所 平成8年(う)265号 判決 1998年1月29日
主文
本件各控訴を棄却する。
理由
本件各控訴の趣意は、被告人Aの弁護人戸田等作成名義の控訴趣意書及び同補充書に、被告人Bの弁護人池田利子作成名義の控訴趣意書にそれぞれ記載されたとおりであり、これらに対する答弁は、検察官郡司哲吾作成名義の答弁書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。
第一 被告人Aの弁護人の訴訟手続の法令違反の主張について
所論は、要するに、被告人Aの捜査段階における供述は、取調べを行った警察官から「なぜ認めないんだ。」と机に押しつけられたり、顔や頭を殴打されるなどの暴行を受け、自白を強要されたことによりなされたものであって、任意性がないのに、原判決がこれを証拠として採用し事実認定に供したことには訴訟手続の法令違反がある、というのである。
しかしながら、取調べの際に警察官から暴行を受けたとの主張は、原審公判廷では一切されておらず、当審に至って初めて出されたものであり、本件の審理の経過に照らしても、いかにも唐突で不自然であることは否定できない。また、被告人Aの捜査段階における供述は、サバイバルナイフを所持し、その柄尻で店員Cの頭部を殴打し、エレベーター内に散乱した紙幣の一部を拾って逃走したことなどを認めている点では不利益事実の承認を内容とするものではあるが、犯行の核心部分である強盗殺人の謀議及びエレベーター内での殺害行為についての自らの関与は一貫して否認しており、公判廷での弁解内容も基本的には捜査段階のそれと軌を一にするものであり、このような被告人Aの供述内容自体からみても、取調官が所論のいうような暴行によって自白を強要したとは考えがたい。被告人Aは、当審公判廷に至って、「平成四年一二月中旬ころ、警察署での取調べの際、警察官から、店員を刺したのではないかと追及され、これを否定すると、頭部や顔面を手拳で一〇回から二〇回殴打され、さらには机を自分の方へ強く押しつけられるなどの暴行を受けた。そのため頭のあちこちに瘤ができたほか、矯正義歯も折れ、右暴行が原因となって高熱を発し、医師の診察を受けた。」旨の所論に浴う供述をしている。しかしながら、当審で取り調べた司法警察員作成の「被害者診療裏付捜査報告書」と題する書面によれば、当時の被告人Aの発熱は三七度一分程度であり、診察に当たった医師は、その病名を上気道炎と診断していたことが認められ、右診察時の所見中には被告人Aが供述するような暴行のあったことをうかがわせるものもない。また、被告人Aに暴行を加えたとされる警視庁刑事部捜査一課勤務(当時)の警察宮田村毅は、証人として当審公判廷において、「被告人Aに対し、エレベーター内で被害者をナイフで刺したのではないかと追及すると、同被告人は興奮し、両こぶしで机を叩いたり、頭を掻きむしるなどし、さらには、頭を机に打ちつけるような素振りを見せ、立ち上がるなどしたことから、これを制止するためにその両腕や肩を押さえたことはあるが、供述を得るために同被告人が主張するような暴行を加えたことは一切ない。」旨述べて明確に暴行を否定している。その内容は、具体的であり、前記捜査報告書及び当審で取り調べた司法警察員作成の「留置人出し入れ状況報告書」と題する書面等から認められる当時の客観的な取調ベ状況とも合致しているうえ、被告人Aが取調べ中に右のような興奮状態に陥ったとの点も、本件事案の内容、被告人Aの弁解内容等に照らしても十分に理解できるものであって、そこに不自然、不合理な点もない。そうすると、証人田村の右供述の信用性には疑いをいれる余地はなく、これと対比して被告人Aの弁解は信用できないというべきである。
以上のとおり、被告人Aの捜査段階における供述について、その任意性を疑わせる事情は認められないから、原審が同被告人の捜査段階における供述を証拠として採用したことに訴訟手続の法令違反はなく、所論は採用できない。
第二 事実誤認及び法令適用の誤りの主張について
被告人Aの弁護人の所論(当審弁論を含む。)は、要するに、被告人Aは被告人B及びDとの間で強盗殺人を共謀したことも、エレベーター内での殺害の実行行為も行なっていないから、原判決が被告人Aが被告人B及びDと強盗殺人を共謀し、かつ、その所携のサバイバルナイフでF及びEの各背部を刺したなどと認定したことには判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があり、ひいては、被告人Aに強盗殺人罪が成立するとして刑法二四〇条後段を適用したことに法令適用の誤りがある、というのである。
また、被告人Bの弁護人の所論(当審弁論を含む。)は、要するに、D及び被告人両名の間の共謀内容は、エレベーター内でナイフ等を店員らに示して脅迫し、同人らが抵抗した場合にはそれぞれ所携の木製の棒あるいはナイフの柄尻等で頭部を殴打して気絶させて金員を強取するというものであり、反抗抑圧の手段として殺害することまでは共謀していなかったのであるから、原判決が強盗殺人の共謀を認定したことには判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある、というのである。
しかしながら、記録によれば、被告人両名について、原判示第一の強盗殺人の事実はこれを優に認めることができ、原判決が「補足説明」の項で説示するところもおおむね正当として是認できる。以下、所論に即して説明する。
一 客観的な事実関係
本件強盗殺人の犯行の経緯及び犯行前後の状況等は、原判決が詳細に説示するとおりであるが、記録にかんがみ、これに若干補足して改めてその要点を摘示すると、以下のとおりである。
1 犯行に至る経緯及び犯行前後の状況
(一) D及び被告人両名は、東京都板橋区《番地略》所在の甲野四〇八号室に居住していたところ、北京人と称する中国人から、「東京都多摩市《番地略》所在の丙川ビル一階にある有限会社乙山経営のパチンコ店『乙山桜ケ丘店』(以下、「乙山パチンコ店」という。)では閉店後に約二名の店員が毎日一〇〇〇万円を超える売上金等を一階から四階の事務所までエレベーターを使って運搬している」との情報を入手し、右金員を強奪することを計画し、平成四年五月二二日に現場の下見を行い、当初の計画では、店員らが一階からエレベーターに乗り込む直前に被告人BとDが棒で店員らの後頭部を殴打して気絶させたうえ、右売上金等を強奪することとし、同月二七日ころ及び二九日の二回にわたりその機会をうかがったが、いずれも、通行人等がいて実行にまでは至らなかった。そこで、同月二九日夜、D及び被告人両名は襲撃場所をエレベーター内に変更し、怪しまれないように、まず一階から被告人Aが店員らとともにエレベーターに乗り込んだ後、二階から被告人BとDがこれに乗り込み、エレベーターが四階に到着するまでの間に店員らから売上金等を強奪することとし、その際、Dはハンティングナイフを、被告人Aはサバイバルナイフを、被告人Bは木製の棒をそれぞれ携行して、これらを襲撃の手段として用いることを決めた。
(二) 本件犯行当日である同月三〇日午後一一時二〇分ころ、乙山パチンコ店主任のE(当時三九歳)が同店でドル箱と呼んでいるプラスチック製の箱(以下、「ドル箱」という。)二箱に紙幣を入れ、これをさらに白色ポリ袋に入れて手に持ち、同店副主任のF(当時四三歳)が硬貨の入ったドル箱三箱を台車上に積み上げてこれを押して一階からエレベーターに乗り込むと、これに合わせて被告人Aも計画どおりにEらとともに一階からエレベーターに乗り、その行先として五階のボタンを押し、次いで二階から被告人B及びDが乗り込んだ。
(三) 当時、三階には、一階に降りるためエレベーター待ちをしていた飲食客がいたが、これら飲食客は被告人らの乗った上昇中のエレベーターが三階を通過してまもなく、階上からエレベーター内でドスンドスンという側壁にぶつかるような大きな物音とともに金属音や「ウォー」という叫び声を聞き、しばらくしてから被告人B、被告人Aの順で非常階段を勢いよく駆け降りて行くのを目撃した。
(四) 四階エレベーターホールからの物音に不審を抱いた乙山パチンコ店の従業員が同階にある寮の部屋から四階のエレベーターホールに駆けつけると、同ホール北側壁寄りにFが、また、同ホールの中央付近にEがそれぞれうつ伏せに倒れており、その近くには有限会社乙山の取締役で乙山パチンコ店責任者のG(当時三六歳)が四つんばいになって倒れていた。その後、右従業員が通報のため現場を離れている間に、Gは電話をかけようとして同階の事務所内まで移動し、そこで絶命した。
2 犯行現場の状況
エレベーターは、四階で全員が降りた後、五階で停止した。犯行後のエレベーター内の床には、ドル箱四箱とその内容物である紙幣及び硬貨が全面に散乱し、その上に台車が横倒しとなっており、右紙幣の多くに血液が付着していたが、特に北東隅付近の紙幣には他に比べてより多量の血液の付着が見られ、紙幣を取り除いた後の北東隅の床にも広範囲に多量の血液が付着していた。また、エレベーター内側壁にも広範囲に血液が付着していたが、とりわけ北側の側壁には、その中央下部付近(司法警察員作成の検証調書(甲四一)添付の現場見取図一九の番号6)を中心にまとまった量の血液が付着していたほか、その上方側壁にも多数の血痕が存在しており、そのうちのやや西寄りに位置する血痕の一部(同番号5)は、後日の鑑定で、血液型及び赤血球酵素型の一種であるフォスフォグルコムターゼPGMl型がFのそれ(AB型、PGM1(1-1+)型と一致するものであることが判明した(久保田寛ほか一名作成の鑑定書(甲一〇六))。さらに、エレベーター内の北東隅の東側側壁沿いに散乱している紙幣上には紙幣に刃体がはさまれた状態でサバイバルナイフが遺留されていた。
E及びFが倒れていた四階エレベーターホールの床には、多量の血液が流出しており、Eが倒れていたとみられる辺りには、ドル箱一箱と紙幣の一部を内部に残した状態の白色ポリ袋が落ちていた。また、同ホール北側の壁及びドアにもかなりの量の血液の付着が見られた。
3 被害者らの主たる傷害の部位・内容及び死因
Eについては、前頭部に二か所の挫創、頭頂部から後頭部にかけて十数か所の挫創、表皮剥脱、皮内・皮下出血、背部に八か所の刺創がある。その刺創のうち、Dについての高津光洋作成の鑑定書(甲五六)に記載された創4)ないし6)、8)は、創洞の全長が約五センチメートルから約一一センチメートルで左または右の肺実質内にまで達する深い刺創で、特に創8)の刺創は右肺の肺動脈を切断するものである。同人は、これら背面刺創による両肺損傷に基づく出血性ショックにより死亡した。
Fについては、右背面に深さ約八ないし九センチメートルの右第八肋骨を切截して右肺実質内に達する刺創、左肩に切創、左会陰部から大腿前面にかけて大腿動脈及び大腿静脈を完全に切断する長さ一六・五ンチメートルの切創、左上腕部に左上腕下端外側から前腕内側へ貫通する刺創、左頭頂部及び左側頭部に二か所の挫創がある。同人は、右背面の刺創による右肺損傷及び左大腿部切創による大腿動脈及び大腿静脈の損傷に基づく出血性ショックにより死亡した(甲五五鑑定書)。
Gについては、頤部、左背面、左肩甲骨及び左腰部等に刺創が認められ、特に左背面にある刺創は、左肺を貫通し、左主気管支を損傷する深さ約一〇センチメートルに達する深い刺創である。同人は、この左背面刺創による左肺損傷に基づく出血性ショックにより死亡した(甲五四鑑定書)。
4 凶器の状況
本件犯行時に被告人らが所持していた凶器は、Dがハンティングナイフ、被告人Aがサバイバルナイフ、被告人Bが木製の棒である。
このうち、ハンティングナイフは、逃走中のDが路端のごみ箱内に投棄し、その後発見押収されたものであるが、全長約二六センチメートル、刃体の長さ約一四・五センチメートル、最大刃幅約二・七五センチメートル、最大峰厚約〇・四センチメートルの極めて鋭利な大型ナイフであり、その刃体にはGの血液型と同一のO型の血痕のほか、鍔元にはAB型の血痕が付着している。
また、サバイバルナイフは、被告人Aがエレベーター内に遺留したものであるが、全長約三〇・二センチメートル、刃体の長さ約一七・五センチメートル、最大刃幅約三・四五センチメートル、最大峰厚約〇・一センチメートルの極めて鋭利な大型ナイフであり、その峰側には約〇・五センチメートル幅の一二個の切れ込みがあり、その刃体の両面には、右の切れ込み部分も含めて全面にわたり血痕が付着している。その血液型はAB型で、PGM1型はPGM1(1-1+)であって、これは、AB型でPGM1(1+)のEの血液とAB型でPGM1(1-1+)のFの血液が混じっているとしても矛盾のないものであると鑑定されている。
さらに、被告人Bが所持していた木製の棒は、犯行後、逃走中の車内から投棄されており、現物は発見されていないが、被告人Bの供述によれば、長さ約四三ないし四六センチメートル、直径約四センチメートルでかなりの重量があったことが認められる。
5 被告人らの負傷状況
被告人Aは、エレベーター内での犯行の際にDからそのハンティングナイフで誤って右肩甲骨の下の辺りを刺され、約一〇針を縫う傷害を負った。
また、Dは、右犯行の際、自らのハンテイングナイフで右頬に長さ約五ないし六センチメートルの約一五針を縫う切創を負ったが、犯行後、その負傷原因として、被告人両名に対し、「多分相手をナイフの柄で殴った時に何かの拍子に切ってしまったのだろう。」と述べていた。
被告人Bについては、平成四年六月八日か九日ころ、当時同棲していた女性のK子が同被告人の右肩と左上腕後部に紫色に変色した内出血の部位を確認しているほか、被告人B自身も、本件犯行時に両腕の上腕部をEに握られたため大きな痣ができた旨を認めている。
以上の事実が認められる。
二 被告人両名の実行行為、態様、共謀内容等の検討
そこで、以上の情況証拠を踏まえ、本件強盗殺人について、被告人両名の実行行為への関与の有無、態様、共謀内容等について、所論に即し検討することとする。
1 被害者らの創傷と成傷器
(一) E、F及びGの各背部の刺創
東京慈恵会医科大学法医学教室教授高津光洋作成の各鑑定書(甲五四ないし甲五六)及び原審における証人高津光洋の供述(以下、これらを併せて「高津鑑定」という。)は、被害者三名の背部の刺創について、その創端の幅及び刺創管長と本件犯行の凶器である前記二本のナイフの形状、特にその峰厚とを比較対照し、各創傷ごとにその成傷器として可能性の高いナイフを具体的に特定しているところ、その鑑定内容は合理的で十分に信用することができる。これに加え、各ナイフの血痕の付着状況、その血液型及び本件犯行前後の被告人らの言動及び行動等を総合すると、被害者三名の背部の刺創の成傷器は、Eの背部の刺創(創1)ないし8))のうち、右肩甲骨辺りに並んで位置する二か所の刺創(創6)、7))がサバイバルナイフ、その余の背部の刺創がハンティングナイフ、Fの右背部の刺創がサバイバルナイフ、Gの左背部の刺創がハンティングナイフであると認めることができる。
ところで、被告人Aの弁護人の所論は、原判決がサバイバルナイフの刃体の血痕の付着が人体への刺入によるものであると認定している点について、同ナイフが遺留されていたエレベーターの床には夥しい血液が流出し、同ナイフ周辺の散乱している紙幣にも血液が多量に付着していることなどからすると、その刃体に付着している血痕は、同ナイフが遺留された後にエレベータ内に流れ出たEないしFの血液が付着したか、犯行の際に負傷した被告人AないしDの血液が付着したものである可能性が高い、という。
しかしながら、同ナイフの刃体の血痕付着状況は、前示のとおり刃の両面の全面にわたるものであり、そのこと自体からして原判決も説示しているように人体への刺入を強くうかがわせるものである。また、関係証拠によると、同ナイフの刃体は散乱した紙幣にはさまれる形で遺留されており、その直下に位置する紙幣(千円札)の上面には縁の部分に一部血液が若干付着している以外は血液が付着していないこと、同ナイフの刃体及び柄の構造上、同ナイフを横にして床に置いた場合には切っ先を除いては刃体のほとんどは床面から浮き上る状態となり、その下の紙幣や床面に直接接することはあり得ないことも認められる。さらに、エレベーター内の実況見分並びに検証に従事した警察官宮井壮治、同杉森正博及び同湊崎哲也の当審公判における証人としての各供述等によれば、犯行から一四時間以上を経過して実施された検証の際には、既に血液は乾いて凝固しつつある状況にあったうえ、検証を進めるに当たっては、周辺の血液がサバイバルナイフの刃体等に付着しないように細心の注意を払いながら、刃体の上に重なっている紙幣や周辺の紙幣を取り除いたことが認められ、右検証の過程で周辺の紙幣等に付着していた血液が後発的に同ナイフの刃体に付着したとは考えがたい。なお、同ナイフの刃体に付着している血痕の血液型は前示のとおりE及びFと同一のAB型であり、O型である被告人Aのそれとは異なるから、被告人Aの背部の刺創からの出血が付着したものではないことも明らかである。Dの血液型は必ずしも明らかではない(なお、エレベーター内側の北側扉先端部中部付近(鑑定書(甲一〇六)の鑑定資料18番)、エレベーター外側扉上部(鑑定書(甲一〇四)の鑑定資料12番)、四階エレベーターホール内南西側出入口防火扉(同25番)にそれぞれ付着している血痕の一部は、O型及びPGM1型(1+2+)であり、そのPGM1型は、O型のG及び被告人Aのそれと一致しないことから、Dの血液型もO型であった可能性が高い。)が、Dの顔面の負傷態様や同ナイフの刃体の血痕付着状況等からして、Dの顔面からの出血がサバイバルナイフに付着したとも考えがたい。
以上によると、FないしEへの刺入以外の機会にサバイバルナイフの刃体に前示のような付着状況で血液が付着した可能性は考えられない。所論は採用できない。
また、被告人Aの弁護人の所論は、Eの背部の刺創が峰厚の異なった二種類の片刃刃物によって形成されたとする高津鑑定について、その根拠とする刺創の創端の幅の差異はわずかであり、計測時に生ずる誤差をも考慮すれば、右鑑定によってサバイバルナイフがEの背部に刺入されたものと認めることはできない、という。
しかしながら、高津鑑定は、「創端の幅は成傷器の峰厚の違いを示すものである。」としたうえ、「Eの背面の各刺創の創端の幅とその刺創管長とを対比すると、創1)、6)では、刺創管の長さは一〇ないし一一センチメートルと同程度であるのに、その創端(鈍)の幅が創1)で約〇・四センチメートル、創6)で〇・一センチメートル強と大きく異なっている。このことはEの背部の創傷は峰厚の異なった二種類の片刃刃物によって形成された可能性が高いことを示すものといえる。また、創6)とほぼ並んでEの背部の右肩甲骨近辺に位置し、深さ約七センチメートルの創7)の創端(鈍)の幅についても、〇・一センチメートル強であり、創6)を除く他の六か所の刺創の創端の幅と対比すると創6)と同一の成傷器による可能性が高い。これら解剖時の所見と、本件凶器として考えられるサバイバルナイフとハンティングナイフの形状とを対照した場合、サバイバルナイフは峰厚が〇・一センチメートルであり、ハンティングナイフは、峰厚は最も厚いところで〇・四センチメートルであることから、創6)及び7)の創傷については、サバイバルナイフが、その余の創傷についてはハンティングナイフが、それぞれ成傷器として使用されたとしてもそこに矛盾はない。」とし、「経験上、〇・四センチメートルの峰厚の刃物で刺した場合に創端の幅が〇・一センチメートルの刺創は通常できない。」として、所論が指摘するような計測時の誤差、死後経過による傷、皮膚の変化、創傷の部位、程度等を考慮に入れながらも、なお、創1)と創6)との間の創端の幅には有意的な差異があるとし、片刃器の峰厚と創端との関係についての経験的な知見から右のように推論しているのであり、その判断過程は極めて合理的である。加えて、ハンティングナイフが成傷器であることの明らかなGの背面の刺創について、刺創の深さ約一〇センチメートルの刺創の創端が死亡後の縮みを考慮から外しても、なお〇・二センチメートル強あり、その余の創傷の中に〇・一センチメートルの創端のものは存在しない事実に照らしても、高津鑑定は十分に信用できるというべきである。所論は採用できない。
(二) E及びFの頭部の挫創等
高津鑑定によると、Eの前頭部の二か所の挫創(甲五六鑑定書の創傷ア<1>及び<3>)については、「その性状から作用面の粗な、作用部の幅が一センチメートル内外の棒状鈍体がかなり強力に作用して形成された挫創と思われ」、その結果「前頭蓋に微骨折とくも膜下出血が認められる」とされ、加えて、被告人Bが木製の棒でEの前頭部を二回強打した旨供述していることからも、同被告人が携帯していた木製の棒で形成されたと認められる。また、Fの左頭頂部及び左側頭部の挫創(甲五五鑑定書)については、「その性状から挫創と思われ、鈍体による打撲により形成されたと思われ」「左頭頂部の創アは円弧を描く挫創であるので、当該凶器の作用面の形状を印象している可能性は十分考えられる」とされ、また、左側頭部の創も、左頭頂部の創に類似した挫創であることからみて、木製の棒やハンティングナイフの円形でない柄尻によるよりは、被告人Aが携帯していたサバイバルナイフの円形の柄尻によって形成されたことが強く推認される。
(三) Fの左腕貫通刺創及び左大腿部切創
高津鑑定によると、創傷の形状自体からは右二本のナイフのいずれが成傷器であるかを特定することはできないが、いずれのナイフでも可能であると認められる。
2 エレベーター内の被告人ら及び被害者らの位置関係
(一) 前示のとおり、エレベーター内の北側側壁に付着していた血液の一部がFのそれであることは、同人が少なくとも負傷後に北側側壁に近接した位置にいたことを示すものにほかならない。また、北東隅の床面に存在する多量の血痕は、エレベーターが二階から四階まで上昇するわずか一〇秒余の短時間のうちに、しかも、Eが所持していた紙幣が床に散乱する以前のごくわずかの時間に多量の出血があったことを物語っている。右血痕については、PGM1型の鑑定がなされていないため、E及びFのいずれの出血によるものかを直接明らかにする証拠はないが、Fの左大腿部の切創は大腿動脈及び大腿静脈の切断を伴うものであり、その負傷直後から多量の出血が生じたことが容易に推認できるところであり、これに、エレベーター内北側の側壁の比較的低い位置にまとまった量の血液が付着していること、前示のとおり同側壁に付着した血痕の一部はFのものであること、他方、立位の状態では背部の刺創から右のようにごくわずかの時間にかくも多量の血液が流出するとは通常考えがたいこと(ちなみに、Gは四階エレベーターホールで背部を刺された後、事務所まで移動しそこで絶命しているが、その移動経路の床面には量的にはさほど多くない滴下した血液が見られる程度であり、体外への大量の出血は事務所内で倒れた後に生じている。)などを併せ考えると、エレベーター内北東隅の床面の多量の血液はFの左大腿部の切創からの出血による可能性が極めて高く、しかも、同人はエレベーターが二階から上昇を始めた後の早い段階で北東隅付近で右の傷害を負ったものと考えられる。
また、エレベーター内の紙幣に付着している血液も比較的北東隅に集中していることからすると、Fは、左大腿部を負傷した後も引き続き同じ場所にとどまっていた可能性が高いと認められる。さらに、四階エレベーターホール北西側の床面に広く流れていた東寄り部分の血液(鑑定書(甲一〇四)の鑑定資料番号4)がFのもの(AB型、MN型)であることに加え、同ホール北側側壁の血液の付着状況等からすると、エレベーターの扉が開いてからFは同ホール北側の壁沿いに壁に出血を付着させながら移動した後、同ホール内北寄りの場所で倒れたこともうかがわれるところであり、これも右のようなエレベーター内で北寄りにいた同人の位置関係をある程度示唆するものといえる。
一方、Fの背部の刺創の成傷器が被告人Aが所持していたサバイバルナイフであり、同ナイフがエレベーター内の東側壁沿いの北寄りに遺留されていたことは、被告人AがFの近くにいて、同人に対する攻撃の過程でFの背後に位置したことを強くうかがわせるものである。
次に、Eの背部の各刺創をみると、被告人Aのサバイバルナイフにより形成された二か所の刺創が右肩甲骨の辺りに位置し、Dのハンティングナイフによる刺創はその左側に集中して存在している事実は、被告人AのDの右隣にいて同人とともにEの背部に攻撃を加える状況にあったことを物語っている。さらに、前示のとおり、被告人Aの背部の左肩甲骨の下辺りに右利きであるDが所持するハンティングナイフにより形成された刺創があることも右の位置関係をある程度裏付けるものである。また、Eの前頭部の二カ所の挫創の位置、形状等からは、被告人BがEの頭部を殴打した際、同人と対面する位置にいたことをうかがわせるところである。
(二) 以上の犯行現場の状況及び被害者らの創傷の部位・程度等からうかがわれるエレベーター内での関係者の位置関係等をまとめると、Fは、被告人らの攻撃が開始された後の早い時期にエレベーター内奥北側付近で左大腿部をナイフで切られたが、その後もほぼ同じ場所にとどまり、被告人AもFの近くにいたこと、その一方で、被告人B、D、Eについては、狭いエレベーター内にあって、F及び被告人Aがいた以外の場所、即ちエレベーター内の南寄りないし扉側に位置していた可能性が高いこと、Eらの背部を刺した段階では、DがEの背後に、被告人AがFの背後にそれぞれ位置し、被告人AはDの右隣にいた可能性が高いことなどが認められる。そうすると、刺殺行為の段階では、エレベーター奥に向かって、右側にEが、その背後にDが、左側にFとその背後に被告人Aが位置しており、被告人Bはエレベーターの扉側にいた可能性が高いと考えられる。
3 犯行状況
被告人Bは、エレベーター内での関係者の位置関係、犯行状況等について供述しているところ、その内容は、具体的かつ詳細で迫真性があるうえ、捜査及び公判を通じてほぼ一貫しており、以上の情況証拠からうかがわれるエレベーター内での関係者の位置関係及び攻撃態様等ともおおむね符合し、そこに不自然、不合理な点もみられず、その供述の大筋は十分に信用できるというべきである。そして、右供述に加え、前示の情況証拠等を総合すれば、犯行状況はおおむね原判決が説示するとおりと認められるが、これを改めて示すと次のとおりである。
(一) D及び被告人Bが二階からエレベーターに乗り込んだ時点では、エレベーターの奥に向かって右側にE、左側にFがおり、被告人AはFの近くにいて、エレベーターが上昇を始めた直後にDがまずEに対しハンティングナイフの柄尻でEの頭部を殴打する攻撃を加え、これに呼応して被告人Bが木製の棒でEの前頭部を力を込めて二回殴打する暴行を加え、そのころEの背後に位置することとなったDが右ナイフでEの背部を六回突き刺した。一方、被告人Aも、Dの攻撃開始に呼応して、F及びEの頭部をサバイバルナイフの柄尻で殴打するなどした後、Fの右背部を一回突き刺し、これと前後して、Fの左大腿部を一回切り付け、また、Eの右肩甲骨辺りを二回突き刺した(なお、被告人Aは、その供述の中でEの頭部をナイフの柄尻で殴打したことを認めているが、同被告人の供述は、Fに対する積極的な加害行為を否定しようとする余り、Eに対する関係で一定の関与を認めた可能性も考えられ、Eの頭部をナイフの柄尻で殴打したとの供述を直ちに信用できるか疑問の余地もないわけではない。しかしながら、一方、被告人AがFの背部をナイフで刺したことは客観的証拠から明らかであり、その一連の経過の中でEの頭部も殴打したというのも事の推移としては不自然とはいえないから、被告人Aの右供述部分の信用性を肯定し、原判決の認定を是認することとする。また、Fの頭部に存在する二か所の挫創については、被告人両名の供述中にはこれに触れる部分はなく、むしろ、被告人AはFに対する攻撃を否定しているのであるが、攻撃開始直後は、Dと被告人BがEに対して専ら攻撃を加えていたことやFの頭部挫創の前記の形状等に照らして考えると、被告人Aがサバイバルナイフの柄尻で殴打したことにより形成されたと認めるのが相当である。さらに、Fの左大腿部の切創については、いずれのナイフでも形成可能であるところ、前示のとおり、右切創は攻撃が開始されてからの早い時期に生じたことがうかがわれ、かつ、攻撃開始直後ころEに対しては専らDと被告人Bが攻撃を加えていたこと、捜査段階において被告人Aは過失によるものであると断りつつも、自らがFの左足の付け根をナイフで傷つけた可能性を肯定する趣旨の供述をしていた(被告人Aの検察官に対する平成四年一二月二七日付け供述調書)ことなどからすると、被告人Aにより形成されたものと認められる。なお、高津鑑定書(甲五五)においても、Fの左大腿部切創は、同人の右背面刺創を形成した刃器(サバイバルナイフ)で形成されたと考えて矛盾しないとされている。)。
(二) 被告人Bは、Eの頭部を二回殴打した後、同人からつかみかかられてエレベーター入口側の扉等に押しつけられた(前示の被告人Bの背部及び上腕の内出血はその際に生じた可能性が高い。)。
(三) エレベーターが四階に到着した後、扉が開くと同時に、まず、被告人B、E及びFがエレベーターホール内に出たが、E及びFはそこで力尽きて倒れ、被告人Bは直ちに現場から逃走し、被告人Aはエレベーター内にサバイバルナイフを投げ捨てて散乱していた紙幣の中から一万円札が重なっている箇所の約二三四万円を奪った後、被告人Bに少し遅れて現場から同様に逃走し、その後に同階の事務所内から異変に気づいたGが同ホールに駆けつけたが、DがハンティングナイフでGの背部等を突き刺して逃走した。
ところで、原判決は、「罪となるべき事実」の項において、D、被告人A及び被告人BのE及びFに対する攻撃行為を判示したほか、続けて「それぞれが、E及びFに対し、右の各ナイフで切り付け、その柄あるいは木製の棒で頭部等を殴打するなどの暴行を加えた」と判示している。しかしながら、これを被告人らそれぞれがその所携の各凶器でE及びFに対し右内容の危害を加えたという趣旨に理解したとしても、証拠上、被告人Bが木製の棒でFに攻撃を加えたこと及びDがナイフの柄でFの頭部等を殴打したことを認めるに足りる証拠はなく、また、被告人Aも、Eに対しては、突き刺した行為以外に「切り付け」たとは認められず、DもFに対して「切り付け」たことを明確に裏付ける証拠もない。したがって、右の点に関する限り原判決の右判示は措辞に適切さを欠くことは否めないが、判決に影響を及ぼすものではない。
4 被告人らの犯意及び共謀
そこで、さらに進んで、以上で認定した客観的犯行状況等を踏まえ、被告人らの主観面について検討する。
(一) 本件犯行は、前示のとおり、被告人ら三名が、事前に犯行現場付近の下見を重ねた上、それぞれが殺傷能力の極めて高い大型ナイフ等の凶器を携帯し、二階でエレベーターの扉が閉まり四階で扉が開くまでのわずか一〇秒余の間に行われたものであるところ、被告人ら三名は、二階でエレベーターの扉が閉じた直後、相互の間においても、また被害者らに対しても、何ら言葉を発することなく、Dがナイフの柄尻でEの頭部を殴打したことに端を発して、ほぼ一斉に呼応して、E及びFに対し、集中的に何ら手加減することなく前記凶器による攻撃を続け、Eに対し背面に合計八か所の刺創、頭部に二か所の顕著な挫創等、Fに対し左肩甲骨付近及び左大腿部に切創、左腕に貫通創、右背部に刺創、頭部に二か所の挫創等の多数の重傷を負わせていることをみても、確定的殺意が優に認められる。このような犯行態様に加え、人の出入りの多い本件ビル内において金員を強奪するとともに、店員らや通行人等による追跡あるいは警察への通報を防ぐには、店員らを殺害することが最も確実、有効な手段であることなどからすると、被告人両名とDの間には、Eらの頭部をナイフの柄尻や棒で殴打し、これで完全に反抗を抑圧できないときには素早くナイフで刺殺行為に及ぶという事前の共謀が成立していたものと容易に推認できる。
(二) 次に、Gに対する殺害行為の共謀について検討する。
被告人両名とも、前記犯行の経緯から明らかなように、本件犯行に先立つ下見等により、丙川ビル内には多くの飲食店があり、四階には乙山パチンコ店の事務所等が存在していたことを知悉していた。また、犯行に至る過程では、ビルに出入りする飲食客等が犯行を予定した場所の近辺に居合わせるなどして二回にわたり犯行の実行を断念しており、さらに本件犯行前夜の被告人らの話し合いでは、当初、四階のエレベーターホール内で店員を襲撃することも検討されたが、同階にある乙山パチンコ店の事務所等から従業員が駆けつけることを懸念して、結局、エレベーター内で襲撃することになったのであり、このような経緯からすると、被告人らには、犯行の成行次第では、店員その他通行人等により犯行を妨害されたり、追跡を受けることのあり得ることも当然予想していたものと推認できる。現に、関係証拠によれば、断念した二回の犯行の際にも、通行人等から追跡されることなどを想定して、被告人Aはナイフを携行したことが認められるのである。そうすると、売上金等の運搬に当たる店員以外に、犯行の遂行を妨げる者に対してもナイフ等を用いて殺傷行為に及ぶことも概括的に共謀の内容となっていたものと認められる。したがって、DのGに対する殺害行為も、被告人両名とDとの強盗殺人の事前共謀に基づくものと認めることができる。
(三) 以上のとおり、犯行態様等の客観的な情況証拠からしても、被告人両名についてE、F及びGに対する強盗殺人の事前共謀を優に認めることができる。
ところで、被告人Bは、捜査段階では、本件犯行当日、乙山パチンコ店に向かう車内でDが「店員らから抵抗された場合には刺すこともやむを得ない」と発言し、被告人両名はこれに反対しなかった旨供述しているが、この供述部分は後述するとおり十分に信用できるものである。一方、被告人Aは、店員らを殺害することを謀議したことはなく、自らのエレベーター内の役割は奮った金員を持って逃げることであり、犯行の途中に被告人BがEにつかみかかられたので被告人Bに加勢するため、所携のサバイバルナイフの柄尻でEの頭部を数回殴打したものの、ナイフを用いて同人あるいはFを刺すなどはしていないなどと所論に沿う弁解をするが、その内容は、前示の情況証拠から推認できる犯行状況と明らかに相違するうえ、被告人Bの供述に照らしても到底信用できるものではない。
そうすると、原判決が、「罪となるべき事実」の項の中で、D及び被告人両名が前記の車内において本件強盗殺人の最終的な共謀を遂げた旨判示したことは是認することができる。
5 所論に対する判断
以上に検討したとおり、被告人両名の各弁護人の事実誤認をいう前記の各所論はいずれも採用できないというべきであるが、各弁護人はこれに関連して種々主張するので、さらに以下、そのうちの主要な所論について判断を示すこととする。
(一) 被告人両名の各弁護人は、被告人Bの検察官に対する供述(検察官に対する平成四年一二月二七日付け供述調書乙三三)のうち、「乙山パチンコ店に向かう車中で、Dが『店員らが抵抗する場合は、もう刺すしかない。』と言ってきたのに対し、私と被告人Aは一切反対せず、黙っていた。」、「私は、仲間のDが場合によってはナイフで店員を刺すかもしれない、そうなったら、その店員が死ぬかもしれないと思ったが、もしそうなってもしかたがないと考えた。」という趣旨の供述部分については、検察官の巧みな誘導に基づくものであって、理詰めの追及を受けて被告人Bが「Dがそう言ったかもしれない。」と述べたものを確定的なものとして記載したのであり、その他被告人Bの検察官に対する供述調書には同被告人が述べていないこと、あるいは述べたのとは異なる趣旨に改変された事柄が数多く記載されており、その供述には任意性がないし信用性がない、という。
しかしながら、当時検察官として被告人Bの取調べに当たった原審証人吉田秀康の供述によれば、右供述調書の作成に当たり、読み聞けの段階において、被告人Bから「刺し殺す」という表現について「殺」の部分を削除するようにとの申立てがあり、これに応じて削除した以外はその内容について特に異議はなかったことが認められる。また、右供述調書の記載上も、被告人Bがまさに問題とする謀議の点については、問答式で供述が録取されており、その中では謀議に関する供述は検察官からの押しつけではないことを自認しており、任意性に疑いを抱かせるような事情はまったくうかがえない。さらに、前示のとおり被告人Bの供述が客観的証拠から推認できる犯行態様とおおむね符合し、全体としてその信用性が高いことをも考慮すると、前記の各供述部分は十分に信用することができる。その他、当審で取り調べた被告人B提出の各書面中で「事実無根」として縷々主張している点についても、いずれも原審証人吉田秀康の供述及び被告人Bの検察官に対する各供述調書の内容に照らし採用できるものではない。所論はいずれも採用できない。
(二) 被告人Bの弁護人は、金員奪取の方法として、まず、被告人AとDがナイフで脅迫し、これに対し店員らが抵抗してきた場合には棒やナイフの柄尻で殴打するなどして気絶させて反抗を抑圧するということが謀議されていたのに、被告人Bの意に反してこれを超えた犯行がなされた、という。
しかしながら、犯行の経緯をみると、被告人らが当初立てた計画では、一階のエレベーター前で襲撃し、店員の頭部等を棒でいきなり強打して気絶させるという、店員が騒いだり通報するようなことのない完全な反抗抑圧状態にする方法によるとされており、五月二九日夜に右計画の見直しがなされた際にも、四階のエレベーターホールで同様の方法により襲撃することも検討の対象となったこと、さらに、本件犯行時には、被告人B自身がDの攻撃に呼応していきなりEの頭部を重量のある木製の棒をもって強打するという行為に出たほか、被告人A及びDはナイフの柄による殴打行為に引き続いて躊躇することなく刺殺行為に及んでいることなどからすると、共謀内容として脅迫して金員を強奪するという段階はおよそ予定されていなかったことが明らかである。所論は採用できない。
(三) 被告人Bの弁護人は、金員奪取の方法として暴行を加えることを共謀していたとしても、殺害することまでは想定しておらず、被告人A及びDが刺殺行為に及んだのは予想外のことであったとし、それゆえ、被告人Bはエレベーターの扉が開くと同時に何も取らずに現場から逃走したのである、という。
しかしながら、右所論に沿う被告人Bの供述は、本件犯行の経緯等及び犯行態様に照らし信用できないし、また現場から直ちに逃走した理由についても、被告人Bが自ら認め、かつ客観的にもそうであったように本件犯行の最中に周囲に響きわたる大きな物音が生じたことから、人が駆けつけてくることをおそれたためと認められ、犯行直後に被告人Bが逃走したことを根拠として謀議の内容を超えた行為がなされたとすることはできない。所論は採用できない。
(四) 被告人Aの弁護人は、捜査段階での被告人Bの供述は全体として信用できないとし、特に、<1>逃走中の車内で被告人Aが被告人Bから店員がどうなったかと尋ねられて「死んでると思います。何回も何回もナイフで刺したから。」と答えた(被告人Bの検察官に対する平成四年一二月二八日付け供述調書乙三五)とする点は、犯行後に帰宅したDが被告人Aに対して語ったのを取り違えて供述したものであり、被告人Bもこの点は原審公判廷で認めていること、<2>エレベーター内の関係者の位置関係について、被告人Bは、原審の第一回公判廷では、「エレベーターに乗ったとき確か右側にいた人が台車を押していた。台車に手をかけていたということです。」「その行動を起こしたときには左側にいた人がお金を抱えていたと、そのお金は紙幣ですけど、お金を抱えていたということです。」と供述しているが、犯行当日台車を運搬していたのがFであり、現金の入ったビニール袋を持っていたのがEであることからすれば、エレベーターの奥に向かって右側にいたのがFで、左側にいたのがEということになり、被告人Bの供述内容には自己矛盾があることなどをあげる。
しかしながら、被告人Bの供述内容が十分に信用できることは前示のとおりである。<1>の点については、被告人Bの供述内容は具体的で、かつ、当時の心情とからめて迫真性をもって供述しているのであり、発言の前後の状況からして発言の主体を取り違えたとは到底考えがたく、他方、原審公判に至って被告人Bが所論指摘のように供述を変えた理由について同被告人からは何ら首肯し得る説明もなされていないのであるから、捜査段階での同被告人の供述こそが十分に信用できるというべきであり、結局、被告人Bは併合審理されている被告人Aの立場を慮って、供述内容を後退させたものとみるのが相当である。なお、当審第八回公判期日において、被告人Bは、被告人Aの弁護人から「事件の後、車で逃走するときに、Aがナイフで刺したというふうなことをあなたは検事に本当に言ったんですか。」と質問されて、「言いました。」「逃げる途中に聞いているのか、四〇八号室に戻ってから聞いているのか、どちらかはっきりしないのです。ともかく事件後にはそういうことを聞いております。」と供述し、さらに、同弁護人から「Aが刺してきたということを検事に言ったのは、推測で言ってるんじゃないですか。」と質問されて、「いえ、推測ではありません。事件後、たしかにAから聞きました。」と明確に供述している。また、<2>の点についても、原審公判廷における被告人Bの供述を全体としてみれば、所論指摘の供述部分はあるものの、台車を押していた、あるいはお金を抱えていたという点については、必ずしも明確に目撃していないことが明らかであり、エレベーターの奥に向かって右側にいたのがEで左側にいたのがFであるとする供述との間に必ずしも矛盾があるとはいえず、この点も被告人Bの供述全体の信用性を左右するものとはいえない。なお、被告人Aは、エレベーター内での関係者の位置関係は右の認定と異なるとして種々弁解するが、エレベーター内に残された血液の付着状況等の客観証拠及び被告人Bの供述に照らして到底信用できるものではない。所論は採用できない。
(五) 被告人Aの弁護人は、被告人Bの供述によっても、被告人Aの犯行への関与は消極的であり、犯行計画の認識もあいまいであり、謀議を裏付けるものはない、という。
しかしながら、被告人Bの捜査段階及び原審公判廷での供述をみると、被告人Aは、当初から犯行計画に参画してその細部にわたり十分に理解しており、現に犯行の際にはDの攻撃に呼応して強烈な刺殺行為を行っていることが認められるうえ、前示のとおり犯行態様等から被告人Aについて強盗殺人の犯意及び共謀が十分に推認できるのであるから、右所論は到底採用できるものではない。
(六) 被告人Aの弁護人は、被告人Aの検察官に対する平成四年一二月二五日付け供述調書には、「Dが『北京人の話によるとパチンコ店の金を容易に奪える』という情報が入っているということを言っていたので、売上金を奪う目的でパチンコ店に下見に行くことだけは判っていました。」旨の記載が、また、被告人Aの検察官に対する平成四年一二月二六日付け供述調書中にも「三回目にパチンコ店に行ったときは、金を奪いに行く予定でした。」旨の記載があるところ、本件犯行前、被告人Aは、被告人BとDがパチンコ店の店員と通じるなどして、パチンコの機械に不正な操作をして金を儲けようとしているのではないかと感じていたことから、その趣旨で「金を取得する」と表現して供述したのを、通訳人が話す北京語と被告人Aが話す福州語との違い、さらに、日本語との違い、通訳の力量等により、「金員を強奪する」との趣旨に誤訳されて右のような記載内容になった、という。
しかしながら、右各供述調書の前後の文脈を見れば、被告人Aがパチンコ店の店員の意思に反して「金を奪う」という趣旨で述べたことは明らかであって、右所論は採用できない。
(七) その他、被告人両名の各弁護人が縷々主張するその余の所論も、本件記録に照らし、いずれも採用できない。
三 結論
以上のとおり、原判決には、被告人両名の各弁護人が所論でいうような事実誤認はなく、論旨はいずれも理由がない。
さらに、被告人Aの弁護人のいう法令適用の誤りの所論も、被告人Aに強盗殺人罪が成立する以上、採用の限りではなく、論旨は理由がない。
第三 量刑不当の主張について
被告人両名の各弁護人の所論は、要するに、それぞれの被告人を死刑に処した原判決の量刑は重過ぎて不当である、というのである。
まず、被告人Aの弁護人は、死刑を定めた刑法の規定は残虐な刑罰を禁止した憲法三六条に違反する、というのであるが、死刑がいわゆる残虐な刑罰に当たるものではなく、死刑を定めた刑法の規定が憲法に違反しないことは最高裁判所の確立した判例(同裁判所昭和二三年三月一二日大法廷判決)であり、当裁判所もこれを正当と考えるものであって、所論は採用できず、論旨は理由がない。
次に、本件の事案はおおむね原判決が詳細に判示するとおりであるが、改めて要点のみを示せば次のとおりである。
すなわち、本件は、原判示の各日時、場所において、被告人両名がDと共謀のうえ、パチンコ店の売上金を一階から四階の事務所まで運搬する途中に店員E及びFをエレベーター内で襲撃し、両名の頭部をナイフの柄尻や木製の棒等で殴打し、その背部等をナイフで多数回にわたり突き刺すなどして殺害し、有限会社乙山所有の現金約二三四万円を強取し、さらにエレベーターが四階に到着後、物音に気づいてエレベーターホールに駆けつけたGをDにおいて刺殺し(原判示第一の事実)、被告人Aが、D及びBと共謀のうえ、金品窃取の目的でJ子が看守するスナック「戊田」の施錠されていた出入ロドアをこじ開けて店内に忍び込み、もって建造物に侵入し(同第二の事実)、被告人Bが、平成元年二月一一日までの在留期間を超えて平成四年一一月一五日まで本邦に不法に残留した(同第三の事実)、という事案である。
本件強盗殺人の犯行の経緯は、前示のとおり、乙山パチンコ店では閉店後に店員が多額の売上金等を一階から四階までエレベーターを使用して運搬しており、これを襲えば容易に多額の金銭を奪うことが可能であるとの情報をDが知り合いの中国人から入手し、当時同居していた被告人両名に対し右犯行への参加を誘い、被告人両名もこれに応じて本件の実行に至るまでの間、再三現場に赴いてその下見を重ねた。その当初は、一階でエレベーター待ちをしている現金運搬中の店員の頭部を木製の棒等で殴打して失神させたうえ売上金を奪うことを計画し、木製の棒、ナイフ等の凶器を用意して二回にわたり襲撃の機会をうかがったが、いずれも通行人がその場に居合わせるなどして不首尾に終わったため、最終的には犯行場所をエレベーター内に変更することとし、店員らを殺害することもやむなしとの意思を固めて本件を決行するに至ったというものである。その過程では、被告人両名及びDは、綿密な相談をして凶器を準備し、さらには襲撃の予行演習までしており、極めて用意周到な計画的犯行というベきである。その犯行態様をみると、殺傷能力の極めて高い大型の鋭利なナイフ二丁と重量のある木製の棒等の凶器を用い、二階から四階に上昇するエレベーター内において、被告人ら三名が被害者両名に対し、その頭部を大型ナイフの柄尻や木製の棒等で強打した後、逃れるすべもなく必死の思いでしがみつく同人らに冷酷にもナイフで多数回にわたり突き刺すなどの集中的な攻撃を加えて殺害し、さらに、エレベーターが四階に到着した直後、異変に気づいて駆けつけてきたGに対しても、Dにおいて背部等をナイフで何回も突き刺して殺害しているのであって、残虐非道というほかはない。犯行後のエレベーター内及び四階ホールは、足の踏み場もないほどに血液が流出、飛散し、真っ赤な血に染まった紙幣が散乱して正視しがたいほどの惨状を呈し、また、四階ホールでDの凶行に遇いながらも必死の思いで事務所にたどり着き、救いを求めるため受話器を握ったまま絶命しているGの血まみれの有様を見ても、本件がいかに残酷凄惨な犯行であったかを如実に物語っている。
これら被害者らは、突如、逃げるすべもない状況の下で凶行に遇い、血溜まりの中で息を引き取ったのであり、その苦痛と無念の情は計り知れず、遺族の悲嘆の情も察するに余りあり、壮年期の三名の尊い命を無残にも奪った本件犯行は結果においてあまりに重大といわなければならない。
一方、被告人らは、本国では得られない高額の収入をあてに就労目的で我が国に入国し、金銭に窮するや一攫千金を狙って自らの金銭的利欲のために、被告人らとは無関係で落ち度のない被害者らを何のためらいもなく殺害しており、その犯情は悪質極まりないというべきである。
加えて、本件は、営業中の飲食店等があって不特定多数の客が出入り利用しているビルのエレベーター内等で三名もの被害者が殺害されるという衝撃的な事件であり、地域社会に与えた影響にも誠に大きいものがあった。
被告人Bの弁護人は、本件強盗殺人において、終始主導的立場にあったのはDであり、被告人Bは従属的な立場で犯行に関与したにすぎないとし、また、被告人Aの弁護人も、被告人Aには強盗殺人の共謀及び実行行為は認められないとの前提に立ったうえで、同人の役割が従属的なものであったことを強調する。たしかに、未検挙のDが首謀者であり、同人に誘われる形で被告人両名が犯行に加わった経緯は認められるとしても、被告人B自身金銭的に窮しており、Dからの誘いかけに積極的に応じたものであり、また、被告人Aも三名の中では比較的経済的に余裕があったとはいえ金銭的利欲に目がくらんで同様に誘いに乗ったものであって、その後は両名ともDとほぼ対等の立場で計画に参加し、躊躇することもなく実行行為を分担し、犯行後強奪した金員もほぼ均等に分配を受けているのであり、被告人両名とも、Dとの関係において従属的であったなどとは到底いえない。所論はいずれも採用できない。
被告人らの個別的な情状をみるに、被告人Aにおいては、自ら二名の被害者に対し大型ナイフを用いて刺殺行為を敢行していながら、その後も罪の意識にさいなまれることもないかのように、原判示のとおり他の仲間とともに窃盗目的で建造物侵入に及んでいるうえ、極刑を免れたいとの一心からとはいえ、客観的な証拠関係から明らかであるのに、自らの殺害行為を否認して、種々自分に都合よく虚構の事実を述べて弁解に終始しており、そこには真摯な反省の情をうかがうことはできず、誠に遺憾である。また、被告人Bにおいても、殺傷能力の高いナイフこそ携帯していなかったものの、それも三人の話し合いや事の成行から木製の棒を凶器とすることになったにすぎず、Eの頭部を二回程度殴ったにとどまったというのも、同人らからしがみつかれるなどして身動きがとれなくなったという偶然の事情によるものであり、しかも、その二回の殴打はそれ自体から殺意を推認できるほどの強度のものであって、実行行為の分担という観点からしても、被告人Aのそれとさほど評価を異にする事情を見いだすことはできない。
被告人Bの弁護人の所論は、被告人Bは被害者らに重傷を負わせることのないように所携の木製の棒にタオルを巻いて手加減して殴打しているのであり、致命傷でもない右二回の殴打のみで極刑に処するのはあまりにも重過ぎる、という。
しかしながら、所論のいうようにタオルを巻いていたとしても、現に被告人Bは、木製の棒でEの頭部を二回強打し前頭蓋に微骨折と外傷性くも膜下出血を生じさせ生命侵害の危険を与えているうえ、他の共犯者との間で被害者らを刺殺することを共謀し、かつ、実行行為を終始共同しているのである(ただし、G関係を除く。)から、自らの加害行為自体が他の二者のそれに比ベて軽いものであっても、そのことにより刑責が大きく軽減されるものではないというべきである。
加えて、被告人両名は、わずかに被告人Bが当審に至って謝罪の手紙を出した以外には、被害者らの遺族に対して慰謝の措置を講じておらず、また、遺族からは被告人両名に対して極刑を望む旨の強い意思が表明されている。
以上によると、被告人らの罪責は誠に重大であるといわなければならない。
そうしてみると、被告人両名が本件犯行に加担したのは、Dからの誘いかけによるものであり、その後の犯行遂行においてもDが中心的な役割を果たしたこと、被告人らの当初の計画では棒で殴打する方法で気絶させて金員を奪うという程度の暴行を想定していたのが、実行に移す段になって通行人が居合わせるなどして二回にわたり犯行を中止するという偶然が重なり、その成行上、犯行場所をエレベーター内に移したために、ナイフを用いたより凶悪な態様の犯行へと進展させてしまった面もあること、G殺害の点については、前示のとおり被告人両名も共謀共同正犯としての責任を負うのは当然としても、その実行行為自体は、被告人両名が逃走した直後にDが単独で敢行したものであること、本件パチンコ店では深夜に一〇〇〇万円を超える多額の現金を不特定の人が出入りするエレベーターを使用して二名程度の者で運搬するという方法が取られていたこと、被告人Bについては、捜査段階から本件を反省悔悟し、犯行の外形的な事実についてはおおむね素直に自白し、公判段階では主として謀議の点をめぐり種々弁解はしたものの、本件犯行の結果の重大性には思いを致して遺族に謝罪の手紙を書くなどの反省の情を示していること、被告人両名には我が国においては前科前歴はないことなど被告人らのために酌むべき諸事情を十分に考慮し、かつ、死刑という極刑を選択するについては、その罪責の重大性並びに罪刑の均衡及び一般予防の見地からもやむを得ないと認められる場合でなければならないことを念頭に、慎重を期して判断しても、被告人両名を死刑に処した原判決の量刑は誠にやむを得ないというべきである。論旨はいずれも理由がない。
よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却し、当審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項ただし書によりこれを被告人両名に負担させないこととし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 米沢敏雄 裁判官 佐藤公美 裁判官 多和田隆史)